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認定基準の改定を勝ち取る --1人親方(特別加入事業主)の労災認定で新判断
鈴木 篤(2002年記)


下請け、孫請けの重層構造によって成り立っていると言っても過言ではない日本経済の末端(底辺)を担う事業体は、そのほとんどが「社長」1人だけの事業体であるか、せいぜい社長のほかには数名の従業員がいて、社長もそうした従業員と一緒に現場で働いている。それでも、こうした下請業者は「事業主」だから、そのままでは労災保険(労働者災害補償保険法による)の適用を受けることが出来ない。

だが、現実には、事業主と言っても名ばかりで、元請や発注先から納期で追われ単価を削られ、労基法等の保護の対象外である分、むしろ労働者以上に過酷な労働条件の下で仕事をしていることもまれではない。  そうした小規模事業体の実態を踏まえて昭和40年の労働者災害補償保険法の改定の際に新たに創設された制度が「特別加入制度」(同法第4章の二)である。この改正の結果、中小企業の事業主も一定の要件を満たせば、労災保険に加入することが出来るようになった。

ところで、そうした「特別加入の事業主」が労災事故にあったとき、これを業務上災害として労災保険を支給するのか、それとも業務外災害として労災保険を不支給とするのかについて旧労働省は昭和50年11月14日付基発第671号に以下のような認定基準を定めていた。

「中小事業主等については、次の場合に業務遂行性を認める。
a、特別加入申請書(以下単に「申請書」)別紙の業務の内容欄に記載された所定労働時間(休憩時間を含むものとする)内において、特別加入の申請に係る事業のためにする行為(その行為が事業主の立場において行う事業主本来の業務を除く)及びこれに直接附帯する行為(生理的行為、反射的行為、準備・後始末行為、必要行為、合理的行為及び緊急業務行為をいう)を行う場合
b、労働者の時間外労働に応じて就業する場合
c、就業時間(時間外労働を含む)に接続して行われる準備・後始末の業務を特別加入者のみで行う場合
d、(以下略)」

これらには「注」がついているが、例えば、cについている「注」では「例えば、労働者の就業時間終了後に休憩、夕食等をとり、改めて準備・後始末を行う場合等については、業務遂行性が認められないこととなる」とされている。

この種の通達や法令の常で、きわめてわかりにくい言い回しをしているが、この基準によって、特別加入の事業主が、以下のような状況の下に事故に会った時、それらについては労災保険の支給の対象外とされてきた。
@元請からの納期に追われて連日残業残業で仕事をしてきた従業員が疲れ切ってしまったので、その日は従業員には定時で帰って貰い、従業員が帰った後、工場内で1人夜遅くまで仕事をしていて事故にあったという場合
→所定労働時間外の業務であり、労働者の時間外労働に「応じて」従事していたわけではないとの理由
A午前8時始業の事業場の事業主が、7時からのお得意先訪問に先立って、その日に従業員が行う予定の作業の下準備としてプレスの残滓を取り除く作業をしていたところ、事故にあってしまったと言う場合(浦和地裁昭和58年4月20日判決のケース)
→就業時間に「接続して」いないという理由。
B8時からの従業員の出社前に、少しでもその日のノルマを消化しておこうと考えて7時から事業主が1人で作業していて事故にあった場合
→準備・後始末行為ではなく「本来業務」であるという理由

いずれも、常識的な感覚で見れば、「どうして、これが労災じゃないのか」というような場面である。まして、被災者や被災者の家族にしてみれば、こうした時にこそ労災保険で助けて貰えると思って労災保険に特別加入して毎月保険料を支払い続けてきたのに、いざ自分が事故に遭うと、「あなたの事故は業務外です」として保険の支給を拒絶されるのであるから、どうにも納得しがたい。納得しがたいと思いながらも「それが決まり(通達による認定基準)ですから」との言葉に、この四半世紀の間、限りない被災者が涙を呑んできたのである。

だが、通達の基準はいくら「きまりですから」と言われてもどうにも納得しがたい。
@やAの例では、もし、この事業主が、もう少し従業員思いでなく、疲れ切った従業員に対しても「明日までに仕上げる必要があるのだ!」と強引に残業や早出を強いていたら、事業主の事故は業務上として認定されることになる。何故なら、前記の通達のbの「労働者の時間外労働に応じて就労」していた場合になるからである。つまり、従業員思いの事業主は救済されず、従業員に対して冷淡な事業主は救済されることになる。どうにも不合理というしかない。
Aの例でも、お得意先訪問の時間をずらして、従業員が出社するまで残滓取り作業をして、従業員に引き継いだ後(つまり、始業後)に得意先回りに出ることにしていたら、「就業時間に接続している」ことになり、労災認定を受けることが出来ることになる。
何れの場合でも、事故の際に事業主が従事していた作業の実態も本質も中身も全く同じであるのに、それが「従業員と一緒に作業していたかどうか」とか「従業員の作業に接続する時間に作業していたかどうか」と言った形式的な「基準」によって、かたや労災(業務上)とされ、かたや業務外とされるという、奇妙な結果を招いているのである。

平成10年5月17日午前11時頃に発生した事故でも、同じ事が起こった。
この事故は、ターンテーブルをクレーンで吊り下げて仮溶接の作業をしていたところ、クレーンの吊り具が切れて重さ1トンのターンテーブルが転倒し、その下敷きになって作業をしていた事業主(Wさん)が圧死したというものである。Wさんは労災に特別加入していたので、その遺族(妻)が労災保険支給申請をしたが、これを受けた東金労働基準監督署長は、平成10年8月28日に不支給としている。理由とするところは、Wさんが作業していたのは日曜日であり、所定労働時間外であったこと、午後から従業員が日曜出勤する予定であったとは言っても、従業員が就労する時間とWさんの就労時間との間には「昼休み」が挟まるから「労働者の時間外労働に応じて就労した」とは言えないし、仮溶接作業は、本来業務であって「準備・後始末行為」とも言えないというものであった。

Wさんは、この決定に対して、平成10年10月20日に審査請求をしたが、これに対しても千葉県労働者災害補償保険審査官は平成11年3月4日その請求を棄却している。

しかし、Wさんは納得出来なかった。仕事をしていて事故にあって死亡したというのに、どうして労災保険が貰えないのか、時間外(休日)だというけど、休日にも働かなければならないのは夫のせいではない。同じように同じ仕事をしているのに、平日なら保険を適用するが休日なら適用しないという理由がどうしてもわからない。それがWさんの気持であった。

Wさんから相談を受けた私がWさんの代理人となって労働保険審査会に再審査請求を出したのは平成11年4月22日であった。
再審査請求は、Wさんの上記のような被災者遺族の素朴な思いを根っこに据えて、通達の基準の不合理性を一つ一つ具体的に指摘する形で闘われた。特に、前記「基準」はあくまでも例示として解釈すべきであり、業務上外の認定はこれに拘泥することなく要するに当該業務が、「業務の実情、災害の発生状況等に照らし、実質的に労働者に準じて保護するにふさわしい」か否かということによって決すべきであるという視点から議論を展開した。

本年2月8日に出された労働保険審査会の裁決は、画期的とも言える判断を示している。裁決書は、特別加入中小事業主の労災に関し、以下のように述べているのである。

「中小事業主等の行う業務には、事業主等が事業主ないし経営者の立場で行う…事業主等としての本来業務と労働者が事業主の指揮命令により行う業務と実態上同様の業務(以下「労働者的業務」という)に分かち得るが、特別加入制度は、その趣旨から、後者をその保護の対象にしているものであることは明らかである」
「中小事業主等が所定労働時間外に労働者を伴わないで業務を遂行している場合の災害(前記基発「基準」ではこれは業務外となる。引用者注)であっても、その実態は様々であり、本件のように、諸事情からみて労動者的業務の遂行中の災害であることが明らかな場合も少なからず存し得ると思料されることから、そのような場合までも、一律に中小事業主等が災害発生時に従事していた業務が所定労働時間外に労働者を伴わないで『通常業務』を行っていたという理由だけで労働者的業務中の災害を補償しないとすることは、特別加入制度の趣旨及び中小事業の実態等からみて著しく妥当性を欠く場合が少なくないと考えられるので、行政当局においてはこれに関する行政実務上の取り扱いが実情に即し行い得るように検討されるべきである。」

この裁決の結果、厚生労働省は、本年3月29日、「基発第0329008号」によって従来の「基準」の一部改訂を通達している。
改正は「労働者の時間外労働に応じて就業する場合」とされていたものを「労働者の時間外労働または休日労働」と改め、「就業時間に接続して行われる準備・後始末の業務」となっていたものを「イまたはロ(前記の基準のaとb)に接続して行われる業務」と改め、かつその「注」(前引用)を全文削除するというものである。審査会が「労働者的業務」に従事しているときの事故は、労災として認定すべきだと明確に指摘していることからすると、この改正はまだ決して十分なものとは言えないが、少なくとも昭和40年からこれまで特別加入事業主の救済の壁となっていた「通達基準」が大きく変ったことは間違いがない。

諦めずに闘ったWさんの成果である。

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